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Vol.10「初公開、るーく・ちあっぷのルーツ」
皆さま、明けましておめでとうございます。1月15日でるーく・ちあっぷは開店1周年!お店をオープンする前に店主が想像していた以上にたくさんのお客さまに足を運んで頂けたことは内心驚きでした。目立たない小さな店に、わざわざ訪ねて来てくださるお客さま方に支えられてこの1年やって来られたと思います。本当にありがとうございます。
店主が一人で経営しているるーく・ちあっぷのルーツを、興味津々で尋ねて来られるお客さまはたくさんいらっしゃいます。「タイが好きなんですか?」とか「何で前はタイに住んでたんですか?」はまだ質問初心者コース。上級者になると「結婚しないんですか?」「この店で稼いだお金で将来タイに永住するつもりとか?」などなど。今回のコラムでは、謎のルーツについてお話しましょう!
店主は学生時代から、将来は自分で貿易関係の事業をしたいという夢を持っていたので、大学卒業後3年間、神戸で会社勤めを経て、父親の知人を頼ってタイに単独修行に出たのであります。今振り返れば、会社で社会常識を厳しく叩き込んでくれた上司・先輩、そしてその後のバンコクで誠心誠意面倒を見てくださったタイ人の皆さんあってこその現在の店主ありきです。人は誰かのお世話にならずに生きてゆくことはできないんですね。両親然りです。
貿易=海外=知人がいる国=タイ、という流れでタイに行ったので、よその国に知人がいれば、るーく・ちあっぷはもしかすると英国雑貨屋などになっていたかもしれません。しかし、もし英国で修行すればこれほどまでに苦労しなかったことが1つあります。それが言葉です。貿易をやるからには、会話はもちろん、契約書に自分でサインができるよう、読み書きまで完璧にマスターしようと心に誓いましたが、与えられた勉強期間は6ヶ月でした。というのも、タイ修行は1年間という期限付きだった上に、年1回行われるタイ文部省タイ語検定試験までが6ヶ月しかなかったのです。これに受かると小学校6年卒業程度と認められ、タイ語教師になることもできますが、普通、受験勉強には2〜3年は必要と言われる試験でした。
しかしながら、やりたくないことは全くやらないけど、お尻に火がつくと異常に根をつめる性格の店主、この時ばかりはがんばりました!あいうえおを憶えるところから始めて、音読の試験科目のために小学校の国語教科書を1日4時間読み上げ、テーマを与えられて60分で書き上げる作文を100枚書き、寝言もタイ語で出てくるようになった試験1週間前のある日…なんと顔の半分が腫れ上がって激痛が走りいつもの音読ができません。不衛生大国タイランドだけに、きっとリンパ腺がバイ菌で腫れていると勝手に診断し、なかば試験を諦めるのを覚悟で病院へ…医師の診断は「アゴ関節炎」!「あんたしゃべる仕事してんの?しばらく黙っとかな治らへんで」とのこと。なんと音読のし過ぎだったんですね。しかも、日本人の骨格に合わないタイ語の発音がアゴの関節に相当な負担をかけていたようで、試しにいろいろなタイ語の発音をしてみると、日本語と同じ音の「アー」とか「イー」というのは平気なのですが、「ゥイィー(イの口の形でウと言う)」とか「ァオェー(コーラのゲップの音)」などタイ語独特の音を出すと激痛が走るのです。これには参った店主。ここまで来たら、ええい!行ってまえ!ムエタイボクサーのように氷枕で顔を冷やしながら受けた試験はめでたく合格しました。
ラッキーだったことは、奇跡的合格のお陰で、両親からタイ修行の期限延長のお許しが出て、後半の約1年半はタイ語教師などとしてバンコクで働くことができたことでした。めずらしい日本人タイ語教師は在タイ日本人の間で需要が高く、生活費がほとんどかからないバンコクで高給を丸々貯めることができたお陰で、るーく・ちあっぷの開業に結びつきました。
バンコク中の卸売り市場を歩き回り、通訳を使わずに業者とサシで交渉し、「英語の商品説明書はないよ」と言われても「マイペンライ(構わんよ)」と答えられるようになってやっと、夢に一歩近づいたような気がしますが、志は高くとも頭は低く!周りの人たちの支援があるからこそ夢は叶うのです。常に感謝の気持ちを忘れず、るーく・ちあっぷは2年目もがんばります!
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