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<ちあっぷのコラム>

店主が気まぐれに書いているタイについてのコラムです。
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Vol.21バンコク起業家物語」

 「ニー!カーイ・ダイ・マイ?」とタイ人はすぐに訊いてきます。「これ!売れるやろか?」ってことです。ちょっといいものを見つけたり手に入れたりしたような時、すぐに「こんないいものは売れるに違いない」ってな発想になるのがタイ人です。何でも商売に結び付けるこの感覚は、関西人の店主にも相通ずるところがあり理解できなくもありませんが、その後タイ人は本当に売るのです。まとめて仕入れてきて、仕事が終わった夕方から、折りたたみ机やゴザを広げて、自宅前や駅前の路上で売り出します。もう少し本格的ならば、賃料を払ってショッピングモールの通路に並ぶワゴンセールの店を一台借りたり、商店街の定期市の一区画を借りたりして、土日を商売の日に充てる人もいます。
 タイは、開業届や営業許可証など、役所への申請の類があいまいなので、届出を出さずに商売をするのは違法ではあるのですが、恐らくタイ全土の70%ぐらいの「起業家」は無許可で商売をしていると思います。それゆえ誰でも気軽に商売が始められるというわけです。タイ名物の屋台はほぼ無許可です。あんなにたくさんある屋台。一体どんな「起業家」が経営しているのでしょう。とある屋台をシュミレーションしてみましょう。
 ソムチャイさんは、16歳で東北のコンケン県からやって来て、バンコクのお金持ちの邸宅で住み込みの庭師をしています。ポンさんも偶然に同じ東北のコンケン県から、15歳の時に既にバンコクでメイドをしている姉2人を頼って上京し、ソムチャイさんの働く邸宅でメイドとして働くようになりました。同郷で意気投合した2人、しばらくして結婚し邸宅の裏庭にある使用人部屋で新婚生活をスタートしますが、ソムチャイさん23歳の時、2人目の子供ができた時から考え始めました。「ここにおったら家賃はかからへんけど、月収は2人合わせてたったの4,000バーツ(¥11,000)。子供も2人になったしなー。でも、転職しようにも俺はロクに字も書かれへんがな」。思案しつつ何気に食べるソムタム(パパイヤ・サラダ)。「う〜ん、うまい。お前のソムタムは最高やな。こりゃ売れるで」と、いつもの一言。そこでポンさん「ほな、売ろか!」。そうや、こんなにおいしいソムタムはホンマに商売になるで!目からウロコのソムチャイさん、早速近所の市場に行き、爪に火を灯して貯めた預金で、屋台セット一式を買いました。なんと給料2ヵ月分の8,000バーツもの投資です。さてどこに出店しよう。人通りの多いスカイトレイン駅前のエスカレーター下にちょうど良いスペースがあります。ソムチャイさん、そこまで屋台を引っ張って行き、さぁ今日から開業です!「ソムチャイ・ソムタム20バーツ」と字のうまい友人に看板も書いてもらいました。
 開業して2週間、売上は上々です。1日の売上は500バーツもあります。ソムチャイさん、「やってよかったなー。10日間で前の月収は軽く上回ってるで!」ポンさんも大喜びです。アパートを借りたので、これからは家賃を払わなければならないことや、仕入れのパパイヤ代のことが2人の頭に全くないのは、タイ人ならではのご愛嬌です。ある日、人相の悪い一人の男がやって来ます。「オイ、お前。ここは一日50バーツやで」。バンコクの路上では、縄張りを仕切る元締めにショバ代を払わなければならないのはどこも同じです。続いて制服の警察官がやってきました。営業許可があるのか?と尋ねる警察官に「そこを何とか今日のところは…」と小さく丸めたお心付けを握っていただいてお引取り願います。その晩帰宅したソムチャイさん、「あぁ、今日の売上は丸ぼうずになってしもたわ」。個人開業も試練の道です。
 屋台を始めて2年。何と今は「ソムチャイ・ソムタム」の屋台に行列ができる毎日です。お客さんの評判はといえば…「ソムチャイ・ソムタムを食べると必ずお腹をこわすけど、あのおいしさには代えられないよ〜!」「バス停の横の、排気ガスまみれで真っ黒になった屋台でしょ?あそこのソムタムは最高!」。おいしいものが食べられれば全てOKのバンコクっ子の心をつかみ、経営は順風満帆です。ソムチャイさんとポンさん夫婦の夢は、50万バーツ(150万円)貯まったら、田舎のコンケン県に帰って、「ソムタム御殿」を建てて暮らすことです。。。
 と、まぁ、想像力豊かな店主のフィクションですが、大体はこんな感じが一般的でしょう。タイの屋台の多さは、タイ人の起業家精神の表れです。有名なチェーン店レストランも、始まりは路上の一屋台だったという話も聞かれます。店主は、タイ人の旺盛な起業欲に影響されて、勢いづいて「るーく・ちあっぷ」を開業したと言うのが実のところです。

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