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Vol.23「2周年記念特別コラム」
皆さま、新年明けましておめでとうございます。お陰さまでるーく・ちあっぷは今月15日で2周年を迎えます。いつも皆さまへの感謝を忘れずに、末永く愛されるお店を目指して精進して参りたいと思います。ありがとうございます!!
今回のコラムは「2周年記念特別コラム」と題しまして、2年前に店主がバンコクから帰国した時に改めて「日本ってこういう国だったんだなぁ」と感じたあの気持ち・・・初心に帰って綴ってみました。題して「豊かな国・日本」です。
バンコクでは、たくさんの子供たちが働いています。東南アジア最大のスラム街、クロントゥーイ地区に接するラマ4世通りを車で走っていると、信号待ちの間に子供たちが窓を拭きに来たり新聞や花を売りに来たりします。手を合わせて米つきバッタのようにペコペコ頭を下げる様子を見ていると思わず窓の隙間から小銭を差し出しそうになりますが、バンコクにはこういう子供たちが大勢いて恵んでやるのもキリがありません。店主はしかるべきところに奨学金などを寄付する活動などには参加しますが、物乞いをする子供にはその場をしのぐだけの小銭は与えないようにしています。
ただ一度だけ、こういうことがありました。クロントゥーイからラマ4世通りを隔てて広大なルンピニー公園があります。ジョギングに太極拳、屋台やボーイスカウトの活動などで賑わうこの公園内の池のほとりは、大きな声を気兼ねなく出せる屋外とあって、「小学6年生国語」の教科書を広げてベンチに座り、店主は1日中タイ語の音読の練習をしていました。すると、子供たちが教科書を大声で読み上げるヘンな外人に興味をそそられて集まってきたものでした。その中で一度、パンの耳を売りに来た女の子がいました。「一袋20バーツ(56円)。池の魚のエサに買ってください」。この時間、学校に行かなくていいの?と聞くと、パン代を貯めて靴を買ってから、と答えます。見れば裸足です。小学2年生でサイという名前です。同情を誘うためにわざと裸足で物売りをするのはよくあることですが、その後もいろいろ尋ねると「早朝に伯父さんが工場からパンの耳をもらって来て、私が13番のバスに乗ってここまで売りに来てる。両親はいなくて、おばあちゃんと私が伯父さんの家に居候しているのでパンを売って来ないと怒られる」とのこと。つじつまが合っていて、まんざら嘘でもないようです。「じゃぁ分かった、ノン・サイ(サイちゃん)、20バーツあげるけど、パンはいらないよ」と言うと、ぶるぶると首を大きく振って「あぁダメダメ、お金だけもらうとおじさんにぶたれる」と言います。結局、渋るノン・サイに40バーツと引き換えにパンを一袋売ってもらいました。
バンコクで物売りをする子供たちは、みな大人から虐げられ、学校も通わせてもらえずに働いています。それに同情して我々が経済的に支援をしたり人権擁護に声を高らかにすることは、いわば安易な解決策です。貧しい上に、意地悪な伯父さんにぶたれるような生活をしているノン・サイですが、今のところズル賢い知恵を働かすことなく、正直にパンを売る純粋さを持ち合わせています。「彼女のその可能性を守ること=貧しさから脱却させること」ではないように思います。何不自由なく生活している最近の日本の子供はどうですか?援助交際に親殺し、ニートや引きこもり・・・。挙句には「人を殺して何が悪い?一度殺してみたかった」とまでのたもう子供がいます。貧しさゆえに盗みなどの悪の道に走ってしまう子供を更正させることは可能ですが、豊かに育て過ぎて道徳観念がおかしくなってしまった子供は絶望的です。
貧困は悪ではありません。要は、貧しい中で親がどう子供を育てるかということが課題で、親の義務は必ずしも子供を豊かに育てることではありません。むしろ裕福でない親が子供を喜ばせたい一心で無理をしてごちそうやおもちゃを与えたりするよりは、「お金がないから」とはっきり言って、何でも自分で手作りさせたり、働きに出る母親の家事の手伝いをさせたりして、子供には貧しさの苦労を理解させる方がいいと思います。そうすれば親を大切にしてあげようという気持ちも養われますし、自分自身で貧しさから脱却する道・・・すなわち勉強をして教養を養うことを知るようになるのではないでしょうか。
店主は、バンコクから帰国した時に、改めて両国間のこのギャップを認識しました。貧しさゆえに無教養で悪に染まる子供、かたや豊かさが度を越して道理道徳が理解できない子供。両方を目の当たりにして、振り子の片方から片方まで振られたような思いでした。今はどこの家庭でも経済的に十分裕福な日本の家庭では、子供に貧しさの苦労を教えるのは難しいかもしれません。要は、お金はあるけれども贅沢をせずに質素な生活を心がけるということが今の日本の親に与えられた課題です。これは、貧乏な中で子供を育てるよりも難しく、精神力が強くなければできないことかもしれません。子育てに限らず、何事につけても振り子のように両極端な現象に翻弄されることなく、平常心で中道を進むことが肝要です。
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