2008年6月28日(土)
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| サムライ・スピリッツ |

(前回に続き、
スカイトレイン車中の写真。
タイ人のお母さんって
「椅子に上がる時は
靴を脱ぎなさい」とは
言わないんですよね。
しつけも国民によっていろいろ) |
今朝、庭掃除をしながら
小学生の甥っ子&姪っ子、4名と話をしていたら
(ちなみに総勢で6名。全員集まると
ちょっとした学習塾が開けそうな規模)
「週末の休みの日にどこにも遊びに連れて行って
もらえないからヒマだ、退屈だ」と、
ガキども・・・じゃなかった女の子達がゴネる。
「子供は自分で娯楽を探せいっ!」と言っても、
絵を描くのは飽きたし、手芸は苦手だし、
本は全部読んだし・・・とブツブツ。
「日本の歴史が好きだから、おばあちゃん(店主の母)の
田舎の岡山県に、古いものとかを見に行きたい。
今日店を休んで連れてって」とな。
「アホかいっ!」と一喝したものの
こう見えて実は歴史が好きとは感心な、、、
「じゃぁ」と部屋からいいものを持ってきてあげました。
昔、おばあちゃんの家にあった家系図を
店主が中学生の時に手書きで写したもの。
「おばあちゃんちは侍の家系やで。
この名前、歴史の教科書に出てくるやろ?」と言うと
「えーっ!」「えーっ!」と子供達大喜び。
「そんなん知らんかったー。
おばあちゃんのご先祖様、サムライなん?」
「そやで。だからおばあちゃん、怖いやろ?
何か事件起こしたら、責任取って切腹するで、絶対」
「ふーーーん」
などなどと、庭でひとしきり話をした後、
「夏休みの自由研究にするから、この家系図、貸してな」と
うれしそうに持って帰りました。
自宅に入ると、母が「怖いとは失礼やな。
しつけに厳しいと言ってもらいたいね。ふんっ」と言いました。
(耳が遠くなったとか言いながら聞こえている)
でも、後半の「切腹するで」は特に訂正せず。。。
我、名誉を守りて自害せん、とかセリフ、
似合ってるもんな。。。うちの母。
やっぱ怖いっす。
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2008年6月26日(木)
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電車
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(スカイトレイン車中にて。
「お年寄り、妊婦、子供、お坊さんに
席を譲りましょう」とあるのが
タイらしいでしょ?
でもお坊さんは女性に触れては
いけないので、
両隣りが女性だったら、
多分座らないと思います) |
今朝、用事があって大阪に行くために
久しぶりに通勤電車に乗りました。
店を始めてからは、通勤電車に乗る機会は
めったにないので、ちょっとうれしかったです。
マルーンカラーの電車には、小中高、大学、社会人、
通算で20年間揺られていました。
小学生の頃は、みんな同じ制服を着て通学しているにも
関わらず、朝一番に職員室に呼ばれ
「昨日、電車の中で鬼ごっこをして騒いでいたでしょう!?」
と、シスターにこっぴどく叱られて、
聖堂で懺悔させられてました。
店主が悪さをする度に、
電車の車掌さんから「マッシュルームカットの
身体のデカい子が騒いでいる」と学校に通報が
あるらしく・・・それって店主しかおらんやんっ!
個性豊かな子供って素晴らしいですね(涙)
そんな思い出深い電車ですので
ガタゴト揺られていると
満員の通勤電車とは言え落ち着きます。
電車って、車種によって全然違うんですよね。
タイにいる頃は、もっぱらスカイトレインに乗っていましたが
タイの電車は、ドイツS社製。
(S社って、タイ語で聞くとセメント社に聞こえるんで
コンクリート作ってる会社だとずっと思ってました)
音が静かで、加速はスムースだし、重厚感があるんですが
やはり慣れ親しんだマルーンカラーとは全然違う。
だいたい、スカイトレインって扉に
「Do not lean!(もたれないでください)」って
書いてあるのが・・・それってヤバくないですか?
走行中に開いちゃう恐れがあるんでしょうか?
そんな電車・・・ちょっとヤです。
タイの電車って、スカイトレインも地下鉄も
全部S社製だし、駅のエスカレーターもエレベーターも
全部ヨーロッパの会社の製品。
切符を通すと、仕切り板が開くタイミングがおかしくて
骨盤をガスッと挟むあの自動改札機も、
絶対日本の製品じゃないはずだし。
タイの鉄道関係に全く日本の資本が
関わっていないのが不思議でしょうがない。
そんなタイ暮らしを経験した後なので
なおさら日本のマルーンカラーの電車に愛着湧きます。
ってなことを考えていたら、
「本日、車輌故障のため、ダイヤ乱れております〜」と
アナウンス。
ひたすら徐行運転の電車に閉じ込められ
梅田から帰ってくるのに30分以上かかっちゃいました。
まぁそんなこともありますか。
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2008年6月22日(日)
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配役・・・店主
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(今日の話題と全然
関係ないですけど
この写真、よく撮れてません?
ラッチャダムリ通りを
プラトゥーナム方面へ望む) |
お店で使用しているパソコンの
スクリーンセーバーはシャボン玉です。
7色に変化するシャボン玉が、ぽわわ〜ん、ぽわわ〜ん、と
画面を上下左右するのですが、シャボン玉同士が
ぶつかったり、画面の端に押しやられたりしても、
シャボン玉は割れません。
まるで風船かバランスボールのように
ふわふわ浮遊するだけです。
そのことを特に気にしたことはないのですが、
これまでに、小さいお子さん連れのお客さまが
お店にお越しになった時、たまたま
スクリーンセーバーを見たお子さんの何人かが、
「わぁ、お母さん、不思議。あのシャボン玉、割れない〜」と
指摘しました。
大人になると、
割れないシャボン玉があってもおかしくない、
シャボン玉が割れるとは限らない、
もしかするとこれはシャボン玉に見えるだけで
実際はシャボン玉ではないかもしれない、
という様々な知識や憶測が身についていて、
「割れないシャボン玉」のことを
特に気にも留めなくなるんですね。
小さい子供の感覚は、非常に敏感で純粋です。
「子供は正直」とはよく言ったものです。
最近になって、店主が純粋だった子供の頃を振り返り
思い出したことがあります。
店主は5歳ぐらいまで、
「自分はどうしてこの役を割り振られたか」
ということを常々疑問に思っていました。
つまり、世の中が大きな演劇だと考えると
自分はどうしてこの配役を与えられ、
この人間の目を通じてモノを見て、
この人間の頭を使って考え、
この人間の口を使ってしゃべっているのか、
という謎がありました。
友達と一緒にいる時、
「どうしてこの子にならなかったか。
どうしてこの子の家の子にならなかったか。
そこに理由があるのか」と考えながら
遊んでいたこともありました。
一度、母に訊いてみたら
「大人になれば分かるかもしれないねぇ」と
言われました。
でも、それ以来30年近く、その疑問を忘れかけていて
今ではさほど頭を悩ますことはなくなっていましたが、
パソコンのシャボン玉を見ていて、
またふと考えました。
大人になって知ったことは、
「肉体は借り物で魂は別である」という考え方です。
その考え方に基づけば、この役どころ
(つまり肉体や境遇、立場や身分など)は
魂に対してたまたま与えられたもので
「なぜこの役か?」という疑問を追求しては
いけないんじゃないかな、と思います。
自分の容姿に満足したり、ぜいたくに溺れたり、
不幸な生い立ちを呪ったり、苦難に負けたり、
他人と争ったり、自己満足に浸ったり、、、などは
単なる借り物に過ぎない肉体にとらわれてる
証拠だな、と思います。
魂から見れば、借り物の肉体は何だっていいわけです。
この世的に生きるために着ているポンキッキの
着ぐるみのようなもので、
「ガチャピンのバカ!」「ムックってステキ♪」と
言われたことに一喜一憂しているようなもんです。
そんな哲学的なこと、考えちゃいました、今日の店主。
(哲学的話題の締めくくりがポンキッキかいっ!)
でも、店主のこの役どころ、気に入ってます。
店主の人生、いろいろあって飽きない方だと思います。
結構恵まれてもいますし。
人生全うして死ぬ頃になれば、
この配役を与えられた理由がようやく
分かるかも知れませんねぇ。
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2008年6月19日(木)
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タイフェスティバル
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(タクシー乗って
「あの写真、誰やねん」と
思うのは
誰しもが経験すること。。。) |
来たる6月29日(日)、六甲アイランドの
神戸ベイシェラトンホテルで開催される
「タイフェスティバル」に出店します。
時間は12〜19時で、入場券(前売り¥2,500)は
るーく・ちあっぷでも販売しています。
店主が店を始めた時、将来、商品をどこから
調達するようになるか分からないから、とりあえず
屋号を「アジア雑貨の〜」としました。
ほぼ全ての商品がタイの製品でしたが
あえて「タイ雑貨の〜」とは名づけなかったわけです。
店を始めて4年半になりますが、やはりいまだに
タイからしか商品を仕入れていません。
タイ製品は品質も良いし、雰囲気も良いし、
何より店主が仕入れをするに当たって
タイという国をとても気に入っているからです。
とは言え、店もホームページも店主自身も
さほどタイ色を強く出しているつもりではないのですが
今回のタイフェスティバル出店のお誘いと言い、
近頃、タイ関係のビジネスで声をかけていただく
機会が多くなりました。
このWEB日記では、普段特にタイのことを話題には
していないと思うのですが、最近こんなにタイ関係に
ご縁があるのなら、逆にたまにはマニアックな
話題を出した方が、タイ好きなお客さんの心を掴んで
良いかもしれないな、と考えたりもします。
例えば・・・
「皮をむかずにソムオーの中身が
黄色かピンクかを見分ける方法は?」とか
「絶対センレックの方がおいしいのに、
タイ人はなぜセンミーばかり食べるか?」とか
「バス料金を徴収するパコパコいう筒は
どこに売っているか?」とか
「犬がなぜあんなに股関節を全開にできるか?」とか
「女子大生はなぜベルトを切らずに
クリップで挟むか?」とか
「坊さんがなんでパンティップで買い物するか?」とか
・・・・果てしなく続く。
こんな話題、分からなければ全然面白くないですよねぇ。
あぁ、あと、2バーツコイン、マジックで「2」と書いて
使うぐらいなら、なんで最初から分かりやすく
作らなかったか?・・・とか。。。
とにかく・・・
タイ好きな方は、29日のタイフェスティバルに
ぜひお越しください!
今日の日記はその告知でした。
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2008年6月16日(月)
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| 日記を書く目的 |

(今日の内容に合わせて
飛行機から撮った
厳かな写真を掲載。
雲の上にいると、
自分は生かされてるなぁ、
生かされている意味は何だろう、
などと考えたりします) |
数年前にお亡くなりになった有名な英雄がいます。
新聞、雑誌、TVのドキュメントや再現ドラマなど
あらゆるところでその功績が讃えられています。
強い信念、深い家族愛、崇高な人間性、
人間の鑑のような生涯を送られた方として
よく知られています。
しかし店主は、その方の生前
近しい人たちと付き合いがありました。
仕事もせずノラリクラリとしていたこと、
夫婦は長年家庭内別居状態であること、
世間で知られている功績は全てマスコミが作り上げ
嫌がる本人を大金で渋々承諾させたことなど
実際は、ある意味、もっと人間らしい生き方・・・
というか人間臭い生き方をしている人でした。
その生き方の裏表については、
後日の日記で機会があれば書くことにします。
今日、本題にしたかったことは
TVやインターネットに流す情報によって
大衆は簡単に操作できる、という点です。
この日記は、しがない雑貨店主の
独り言のようなものですが、
少なからず読む人をコントロールする力はあります。
店主という人の性格や現状、考え方を
理解するためには十分な情報源です。
また、「こういう考え方もあるのか」と読者を
暗示にかける効果もあるかもしれません。
それを自覚していることが、インターネットで
情報を流す者の責任だと思っているので、
実際のところ、これまで何度も
この日記やコラムを書くのをやめようと思いました。
自分がこの日記を使って読者をコントロールしようと
していないかと問われると、否定はできないからです。
例えば、
友人と大ゲンカをして一睡もできなかった翌日に、
その友人が「ムカつくあいつはちょっと堪えてるだろうか?」
と思いながらこの日記を読むことを想定して
「昨日はぐっすり眠って、今朝は気分爽快です」と
平静を装う内容を書いてみたり、
大きな取引につながりそうな仕事の話が
舞い込んできた時に、相手先がこの日記を
チェックしているかもしれないと考えて
「最近注文殺到で忙しいです」と景気の良さを
アピールしてみたり、
そういうことをこの日記を使ってしたことはないか?と
問われれば、それは正直、返事に窮するわけです。
本来、この日記をなぜ書き始めたかと言うと
たまにふざけた話を織り交ぜながらも、
店主の考える真理や道義を読者に伝えて
生きていく糧にして欲しいという思いからでした。
非常に大げさですが、そういうブレない思いを持つことが
インターネットで情報を流す者の責任と思っています。
読者を操作する目的で書くことは、
その責任に悖る(もとる)最低な行為です。
今日の日記をこのような内容にした理由は
4日前に書いた日記は、明らかに読む人を
操作する意図で書いたからです。
「自分はへこたれていない、元気にやっている」という
ことをアピールするために書きました。
実際、ものすごくヘコんでいた日で、
夜中に友人に電話をして「死にたい気分だ」と
ベソをかいたら、「何を言うんや!今日自分で日記に
書いてたやないか!今、死んだらみんな笑うで」と
えらく怒られ、そして励まされました。
そこで店主は自分で書いた日記のことを思い出し
その日の辛さを乗り越えました。
奇(く)しくも、自分が行った情報操作によって
自分が救われる、という目に遭いました。
この一件を通じて、店主は不特定多数の人たちに向けて
日記を書いているという責任があることを再認識しました。
情報操作によって救われる人ばかりではなく、
傷つく人、落ち込む人、不愉快になる人、いろいろな
捉え方があるわけですから、無責任な日記の功罪は
大きいわけです。
作為を持って日記を書かないこと。
そして、ブレない信念を伝えること。
それを忘れないようにして、これからも
いろいろなことを書きたいと思います。
・・・この調子では、直木賞作家になれる
文章を書くまでの道のりは程遠いですね(笑)
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2008年6月13日(金)
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| ウサギの前歯 |

(バンコクの卸売市場で
商品を買った時に
なぜか¥100ショップ
CanDoの袋に入れられ・・・。
よく見ると、そこらじゅうの
店で使われている。
ショッピング袋、工場から
横流しされてまっせー、
CanDoさん) |
目指せ、直木賞。
今日もせっせとキーボードを叩きます。
バンコクに出張に行くと、
いつもの仕入先や梱包屋の顔なじみの皆さん以外に
最も会話する相手といえば、タクシーの運転手さんです。
空港から滞在先へ向かう時、
仕入れた商品を梱包屋へ運ぶ時、
駅から滞在先へ戻る時・・・などなど
1日に2回以上は利用します。
日本と違って、初乗りは35バーツ(約120円)と
大変リーズナブルです。
おしゃべりな運転手さんに当たれば
タイ語の練習になるのでラッキーです。
「宝石を買い付けに来た」とか
「日本では手広く商売をしている」とか
「エンジニアの旦那がいる」とか
適当なことを言って(つまりウソ)、
会話を広げてしゃべり続けちゃったりするのも
たまには楽しいです。
たいがいは、乗って第一声に「何人?」と
訊かれるのが常ですので、内心
「今日は韓国人と答えてやろう」と思っていたら
その日に乗ったタクシーの運ちゃんは、いきなり
「おぉ、かわいいねぇ、日本人!」と言うので
「何で分かった?」と即座に訊き返してしまいました。
「分かるよ〜、笑った時にフニッと出てくる前歯で。
ウサギみたいじゃん」とな。
つまり出っ歯ってかよ。
それ、かわいいんかいっ!
むしろブサイクやろうっ!
と、思いつつも、「日本人の女の子の
前歯はかわいいねぇ」としきりに言うので
「コップンカ(ありがとうございます)」と
丁寧にお礼を言っときました。
何だか腑に落ちないが。。。
ちなみに言うと、タイ人は大口を開けて
ゲラゲラ笑うのは若干下品であるという常識があるため
あけっぴろげな日本人女性の笑い方が
強く印象に残り、それで前歯が出ているという
イメージを抱くのかもしれません。
日本人女性、みんながみんな、店主のように
出っ歯とは思えませんからねぇ。。。
(一応、コンプレックスなのでR。)
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2008年6月12日(木)
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| 洪水なんかに負けないもん♪ |

(この椅子の上に
正座して、雨が止むのを待つ。
犬のウンコとか
のしゴキブリとか
(のしイカではない)
いろんなものが流れてきます) |
タイから帰国しました。
今回、体調不良&精神疲労で、かなり
キッツイ出張でしたので、今ものらりくらり仕事を
しています。
日記は当分「休止中」にしようかとも思いましたが
更新せよとのリクエストがやたらと多く、
また、以前、店主の文章力を絶賛してくれた人と
「その内、直木賞作家になって大金持ちになったら
真っ赤なポルシェ買ってくれ」との約束をしていたので
売れっ子作家を目指すべく書き続けることにします。
(真っ赤なポルシェは店主が乗り回しますが、あしからず)
そんな疲労困憊状態で、バンコクの卸売市場を
駆け回っていた時、突然のスコールに見舞われました。
雨期とは言え、ものすごい勢いです。
バケツをひっくり返したような大雨、あれよあれよという間に
鉄砲水のように足元に水が流れてきます。
慌ててアイスクリーム屋の軒先に逃れ
自分の身体が入るような大きな袋を抱えたまま
プラスチックの椅子の上に避難しました。
店主は直感的に思いました。
「今、日本で何かあったかなぁ。。。」
(後日談。正にその時間、ちょうど秋葉原で
大変な事件が起こっていました。)
バンコクへの出張の話から脱線しますが、
秋葉原の事件に関し、今朝のニュースで、とある大臣が
「派遣社員という不安定な立場が犯人の精神状態を
不健全にしたことを考慮し、派遣社員制度の
見直し法案を検討する」とおっしゃっていました。
おいおい、それは筋違いも甚だしいやろっ!と
一人TVにツッコミを入れました。
例えば・・・
「学歴の低さを悲観した男が東大爆破予告!」
→「大学入試の撤廃法案」とか?
「ハゲに悩む若者が渋谷で包丁を持って大暴れ!」
→「カツラ製造業者への助成金法案」とか?
「結婚に縁がない三十路女が毒入り菓子バラ撒く!」
→「国が強制的お見合い推進法案」とか?
(この法案、店主は賛成っす)
苦難や試練に耐えるか否かは、その人の心次第、
人によっては、それを苦難や試練とも思わないわけです。
「え?僕、つるっぱげだけど・・・何か?」
「アタシ、50過ぎて未婚だけど、、、それってヘン?」
などという具合です。
話をバンコクに戻し、大雨に見舞われ、みるみる
洪水の水位が上がりつつある中で、店主はうなだれて
いました。
「あぁ、仕入れは中断だ。これでは買い付けが
間に合わない。今回は何をやっても失敗だ・・・。」
けれども、瞬時に気持ちを切り替えました。
靴を脱いで、ジーパンを巻くり上げ、荷物を背中に
くくりつけて、足に傷がないかよく確認した後、
(破傷風に感染する恐れがあります)
洪水に挑みました。
突然の雨を自分に降りかかる不幸と捉えるか、
こんなこと屁でもないぜ!と捉えるかは、
店主の心だけが決められることです。
もちろん、そこには「大切なお客さまが商品を楽しみに
している。少しでも多く仕入れをしなければ!」という
熱意もありますが、結果を期待したヤル気は、
それがうまくいかなかった時に、また瞬時に
絶望的な気分に転落します。
破傷風に感染して、高熱でウンウンうなされながら
商品を店に並べてみたところで、
「あら、今回の新商品は大したものありませんね」と
コメントするお客さまだって中にはおられるかもしれません。
そうなれば、洪水の中を歩いたことを後悔しますか?
いえ、しません。
店主の心の中には、弱気な自分に打ち勝って
1分1秒を無駄にしないで予定通り仕事を全うした
という満足感だけがあるはずです。
そこには、誰かに認められるために、とか
誰かを幸せにするために、とか、
もしくは誰かを不幸にしないためになどとという
建前はありません。
ただ、自分に負けたくないだけです。
と、まぁこんな風にカッコ良く書けば、
店主はよほど達観した人のようですが
これまで何度も苦難や試練を乗り越えてきたために
(注:乗り越えないことには明日から生きていけないので
渋々前に進んできただけ)
そこから何となく学んだに過ぎません。
そうして人は大人として年輪を重ねるんでしょうね。
秋葉原で事件を起こした若者が、それを知ることなく
自暴自棄に身を任せてしまったことが残念です。
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