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<店主のWeb日記>
店主の気まぐれWeb日記でーす!
ブログではありませんよ〜。
日々のことを適当に書いていますので
ひまつぶしに読んでくださいね。
ご感想やご意見は店主まで直接どうぞ!
メールはこちら→info@luukciap.com


(過去のWeb日記はページの一番下から読めます↓)

2008年7月30日(水)
再会の理由

(記憶の中で和久井映見だった
うちのお姉ちゃん、
15年経ってもまだ美人です。
これ姉の子(と店主)。)
今回ほど、
文章を書くのが難しいと思ったことはありませんでした。
5日がかりで書きました。

店主はいつも普通じゃない経験をするな、と我ながら感じます。
それをどうやって文章に書こうか。

近頃、この日記を見た友人から
「個人的なことを書きすぎる。
不特定多数の人が読んでるんだから」と
ダメ出しがありました。

実際問題、今日の日記が一番個人的なことと思います。
故に、書くのが難しいと思っているわけですが、
無難な言葉を選んで書くようなことはしないでおこうと思います。

5日前。
その日は人生の転機を経験したような日でした。

最近、懐かしい人たちから連絡があったり再会したりする
ことが頻繁に続いていた理由が分かりました。
店主が恐れていたように、もうすぐ死ぬからではなくて
もうすぐ人生の転機が与えられるからでした。
それが、5日前でした。

ここ2ヶ月、実は店主は個人的なことで苦しんでいました。

信頼していた人たちが突然手の平を返し、
中でも、一番信じていた人さえ
あっけなく立ち去ってしまったからです。
気がつけば、店主は独りになっていました。

取り付く島もなく、人生最深のどん底でした。
このまま人間不信から立ち直れないで
惨めな生涯を送るかもしれないと思いつめていました。

不思議なことに、長らく連絡を取っていない
人たちから次々連絡がありました。
「元気?」「結婚した?」「子供はいる?」
「何歳になったっけ?」「仕事、何してるの?」
「え?店をやってる!遊びに行きたい」などなど・・・。

「私、こんなに友達がいたんだ・・・」と思いました。

そんな中、10日前に偶然ネットで見つけた元カレ。
(7/18の日記に書きました)

何だか余計にブルーになりました。
元カレと言っても、3ヶ月ぐらい交際しただけだし、
どうやら二股だったみたいだし、今さら再会したところで
何の思い出話もないし・・・といった調子で、
さらにはそんなことを考えていると、
「あぁ、アタシってこれまで何やってきたんだろ、
薄っぺらい人生だ」と、さらに虚しくなってしまいました。

それがきっかけで、急に思い出したのが
その元カレよりだいぶ以前に交際していた人のことでした。
14〜15年前です。真剣にお付き合いをしていました。
7/25の日記に登場した「15年前の友人」とは
その人のことです。

こうやって書くと、「人生の転機の日まで、あと○日!」
みたいですね。その時歴史は動いた、か!?

「彼は今、どうしているかなぁ。歯科大に進学してから
今はどこで働いているかな。元気かなぁ」と
考えていたら、電話が鳴ったんです。

本当に、本当に、本当に、驚きました。
そんなことがあるのかと思いました。

翌日、再会しました。

最後に会ったのは10年ぐらい前と思います。
よもや30代半ばの2人がまた顔を合わせるなんて事は
当時、想像もしませんでした。

それを彼に言うと、
「そうか?俺はまたいつか会えると思った」と言われました。
今回、ネットで、偶然武庫之荘の雑貨店がヒットし、
店主を見つけたそうです。

彼は、7人のスタッフと、5台の診療台を擁する
歯科医院を開業していました。
あんなに頼りなかったのに、いつの間に(笑)
確か私の方が勉強できてたんじゃなかったっけ?(笑)

再会した時の詳しい話は、
個人情報保護法によりこれ以上は書きませんが(笑)
ここで書けることは、彼との再会が
店主のどん底の人生からの転機に
なったということです。

「こんな些細な人間関係で思い悩んでどうする。
これはだたの前準備に過ぎない。
君も俺もこれからだ。
俺らには誠意と信念がある。
君は強いはずだ。君ならできる。何だってできる。
15年経っても、いまだかつて君ほど
強い女性を見たことがない」

と言ってもらった時、
暗い沼のようなところに沈んでいた店主の前に
1本の蜘蛛の糸が垂れてきたように思いました。

今、店主が落ち込んでいることを知っている周囲の
人たちは、みんな「元気を出せ」と励ましてくれます。
本当にありがたく思います。

それでもやっぱり心が晴れない。
だから神様は、昔の友人達を使って、
どんどん、どんどん、励ましの声を集めてくれたんです。

そして、ついには、15年前の恋人まで登場させた。
そう、思いました。

彼の励ましには、15年間の重みがあります。
空白の15年間・・・店主が成人してからの
ほぼ全人生を彼は肯定してくれました。
涙をこらえるのに必死でした。

彼は、20歳のときに出会った店主という人間から
多大な影響力を受けたと言ってくれました。
それで、自分も本当に必死でがんばってきた、と。
気がつけば、共に30代半ばまでがむしゃらに働いていました。

彼の開業している所は、
本州から海を越えなければなりません。
彼は、彼の住む地方で一番の歯科病院を目指していると
言いましたが、それはきっとできるはずだと確信しました。

いつか必ず、彼の医院を訪ねようと思います。
そして、「院長先生」なんて呼ばれているところを見て
クスッと笑ってやろうと思います(笑)

これを読んでいますよね。

再会できてよかったです。
本当にありがとう。

お互いがんばって、まだまだ強くならなきゃね〜!
アタシ、あなたに負けないからね!

2008年7月26日(土)
格差婚

(姪っ子にキティちゃんを買ったら
甥っ子からは
「ボクのレゴはまだでちゅか?」と
催促の電話。
あーあーあー分かったよ!
独身店主、どうせおもちゃ
買うなら、自分の子供に
買ってやりたいところだねっ。
こんな性格、母譲り)
先日、同い年の男友達と食事した時、
「彼女と結婚しないの?」と訊いてみました。

返事は、
「う〜〜〜ん、、、しない。。。」でした。

彼女をはじめ、両方の親兄弟、友人知人、みんなが
結婚に賛成しているのに、本人だけが渋っていて
結局数ヶ月前に別れたそうです。

「なんじゃそら。ま、親兄弟関係ないからな。
アンタがしたくないならどうしようもない。でも何で?」と
再度訊くと、驚きの答えが「格差があるから」でした。

彼女の方が格上なのが、彼には許容できないそうです。

「今時、そんな」とか
「周囲は賛成してるのに」とか
「そんなの気にするなよ」とか
そんなチープな回答はしませんね、店主は。
(結婚したこともないくせに偉そうでR)

店主思うに、格差婚ができる男には条件がある。
「出世欲があること」。

仕事よりも熱中している趣味があるとか、
身体が弱くてあまり働けないとか、
性格上働くのがあまり好きでないとか、
ヒモになりたいと思っているとか、
仕事は9時5時で適当にやれれば満足とか、
そういうタイプの男性には向かないと思います。

向上心の強い男性が、無理して
ちょっとエエとこのお嬢さんをお嫁さんにしたら、
そりゃもう、人生は全然違ってくると思います。

まず、周囲の目が違う。
男に箔がつくってやつです。
まず周囲は「あんな格上の女性をGETするなんて、
あの男性は何か特別な魅力があるに違いない」と
イメージするはずです。

男性も、周囲のそういう目を意識しているから
仕事もがんばるし、家庭を守ることにも必死になるし、
要は、立場が人を作るというやつです。

エエとこのお嬢さんをお嫁さんにした以上、
俺はしょーもない男でおるわけにはいかん!という
意欲が湧いてきて、それが出世につながるわけです。

第一、世の中のほとんどの女性は、格上の男性と結婚して、
裕福な結婚生活に憧れるものにも関わらず、
格上の彼女に見初められて(?)、結婚したいと
言われている店主の友人は、本当は他の男性にない魅力を
持ち合わせている特別な人かもしれないはずです。
それを自分から否定するのは残念な話ではあります。

ま、いかんせん、本人がそういうことに
興味がないんだから仕方がない。
自分が上に立てて、気を使わない女性の方が、
彼には相性が良いのかもしれません。

ちなみに、結婚したこともない店主が
なぜ格差婚について熱く語るかというと、
店主の祖父と父は、共に格差婚なんですよね。
あの時代によくお嫁に来たな、うちのバァちゃんと母、と
思ってしまいます。

祖父と父は事業をしていましたが、
格差婚のお陰で大いに男の株を上げました。
「あんなお嫁さんをもらえる人なんだ」と、
周囲は当然、尊敬したでしょう。
それを励みにして、むちゃくちゃ働きました。

おじいさんは自分の身をもってそれを実感していたから
息子の縁談は「エエとこのお嬢さん、お願いします」と
頼んで母をわざわざ探してきたわけです。

2人のすごいところは、奥さんに、実家にいるよりも
裕福な生活をさせてあげられるようになるまで
がむしゃらに働いたことです。
「アンタって幸せだよね」と、店主は母にいつも言います。

ただやっぱり、あまり一生懸命に働くのが好きでなく
こだわりの趣味があったり、余暇の過ごし方が重要だと
思っている男性には、格差婚は勧めません。
また、あえて付け足すなら、格差婚なんてプライドが
許さんと思っている昔気質な男性も無理です。

奥さんに対して卑屈になって、
その内ケンカが耐えなくなると思います。
格差婚には向き、不向きがあるんじゃないでしょうか。

2008年7月25日(金)
想念のチカラ

(姪っ子からのミッションで
神戸限定神戸牛キティと
明石限定蛸壺キティをGET !
母曰く「明石限定、
白くまキティじゃないの?」と。
ぎゃーーー!
身内にしか分からないネタ、
バカうけ!!)
先週、超・陰気臭い日記を書いた後
気分転換にWEB日記をリニューアルしてやろうと
ちまちまいじっていたら、またデータがすっ飛んでしまい、
めんどくさくなってほったらかしていたものの・・・

やっと復旧したっす。
これだから手作りホームページは厄介だ。
(しかも全然リニューアルされてない)

でも、日記休止して「Under Construction」にしてる場合じゃ
ないっつーの!と言いたくなるような、
すごい奇跡を体験してしまった。。。
あああ嗚呼!(←また、死期が近いんじゃないかと怯えてる声)

関わっている人がいるもんで、「日記に書いてもいいよ」と
許可を得たら後日詳しく書くことにしますが・・・
今回の奇跡の体験で、今のところ感じていることを書きます。

人の想念は恐ろしいな、と思いました。
特に、店主自身、自分の想念の強さに
自分で怖くなる時があります。

前に書いたことがあるかもしれませんが
めちゃくちゃ怒りながら「くそー、死ねぇぇぇ〜」と
念じて水槽の中に息を吹きかけると、
金魚が弱ってきて死ぬらしいですよ。
怖いから試したことありませんが。

店主は子供時代から度々恐ろしい体験があります。

その話の前に、そもそも、子供というのは
感受性が強いものです。
子供が「お母さん、部屋の隅に知らないおじさんがいる」
などと言い出して、ゾーっとするなんて話はよく聞く話ですが
店主の場合、逆に自分が発する想念に対して
普通じゃないものを感じる時があります。

子供の頃、「あの人、嫌いだ」と思った人が
2人も死んじゃったんです。
死んで欲しいまで思ったわけではないのに、
病気になって急死してしまったから怖くなりました。

その後、大人になってからも
ケンカ相手が骨折した、仕事をクビになった、
事故に遭った、とかいうことが何度かあって
その経験からも、「どんな目に遭わされても、
絶対相手を憎まないでいよう」と誓ったとも言えます。
(「相手を憎まない」の話は先日、日記に書きました)

今回、誰かを憎んだとかそういう話ではないんですが
最近、懐かしい人と再会することが続いていたので
3日ほど前、15年ぐらい会っておらず
連絡先も分からなくなってしまったある人のことを
強く考えた日がありました。
「あの人はどうしているだろう。
まさか、あの人とも再会したりして?」と。

昨日、1本の電話があって
「もしもし、安藤さんですか」とだけ言う声を聞いて
相手が誰かすぐに分かりました。

で、マジかよっっっっっ!と思いました。

で、こえーーーーーーっっっ!と思いました。

自分で自分の想念が恐ろしいです。
何でこの想念が15年来会っていない友人に
伝わったんでしょう。
何なんだ?どうなってるんだ?
最近の店主ってばヘンです。

最近は、あまりいろいろ考えないようにしています。
いろいろ考える時には、往々にして対象となる人物が
いるわけですから、良きにつけ悪しきにつけ、
また店主の想念が相手に影響を与えるのが
恐ろしいからです。

超能力者なんかなりたくないっす!
雑貨屋の店主で十分っす!

ちなみに、もひとつ恐ろしい話をば。

2日前、誰かに足を触られて、明け方4時半に飛び起きました。

だっれだろな〜♪?
(↑恐怖に打ち勝つために無理からテンション上げている)

2008年7月18日(金)
12年間

(前から書きたかった
日記の内容。
盗まれた自転車が
尼崎市役所の駐輪場から
発見されたんです。
連絡くださいました
市の職員の方に感謝です)
再度、前回に続き失くした自転車が見つかった、という
話を日記に書こうと思っていたら、
また他に書きたい話が見つかったので
内容を変更します。

ってか、もう自転車の話を書くのはやめよう(笑)

やっぱり店主は死期が近いんじゃなかろうか、と
真剣に悩まざるを得ない体験を今日もしてしまいました。。。
あ"〜。。。(←恐怖におののく声)

インターネットで病気についての調べ物をしていて、
検索を繰り返していたら、某医院がヒットして
その中に見覚えのある名前がチラリと目に留まりました。

まさかと思って開いてみたら、
12年前、学生時代に交際していた彼氏でした。
立派な医師になって開業していました。

おっさん臭くなった「院長近影」を見たら泣けてきました。
12年間という月日の流れを感じたからです。

ほぼ店主の片想いで、
交際わずかでフラれてしまったことを
思い出して泣けてきたのではありません。
(まぁそれも10%ぐらい)

12年前、ふらふらと遊び呆けていた2人でしたが
彼はといえば、その後、数箇所の病院で経験を積んだ後、
最新の機械を揃えた立派な医院を開業しています。
この12年間、がんばってきたのが
近影の表情からも見て取れます。
恐らく結婚して、もう子供もいることでしょう。

特別好きだったとか、思い出があるというわけではありません。
恐らく、彼も店主の名前さえ忘れている程度と思います。

ただ、12年間という年月を振り返ると、
店主は何をしてきたかな、と、ふと虚しくなってしまいました。

彼と同じように、職業的経験を積み、
自分の店(医院)を開業したことには変わりありません。
何ら無駄のない12年間だったとは思います。

結局、人というものは、
年月を経た後の「今」、そしてこれからの「将来」に対して
抱いている不安感が影響して、過去を振り返った時に
虚しさを感じさせられるんじゃないかと思います。

「終わりよければ全て良し」ではありませんが
現時点が幸せでなければ、人はこれまでの過去が
全部意味がなかったような錯覚に陥るものです。

そういう意味で、
人は常に前向きに明るく過ごさなければならないの
ですが、最近、精神的に参ってしまう経験をした店主には、
12年ぶりの彼との再会(ネット上でですが)は、
ちょっと酷でした。

21歳の秋に、車の中で泣きながら別れ話をして
サヨナラを言った日から今日までの
12年間を走馬灯のように思い出させました。

この12年間、何をしてきただろう・・・
という気持ちにさせられてしまいました。

・・・零細商店とはいえ、経営者がこんな弱音を
吐くようではいけませんね。

彼も今、現時点では、もしかすると
とてもしんどい思いをしているのかもしれませんが、
それに負けていたら、あんな立派な医院の
院長は務められないはずです。

いつかもし、実際に再会する機会があったら
この12年間はどんな12年間だったか
訊いてみようと思います。

モテる彼には、店主は大勢いる女性の内の
一人に過ぎませんでしたから
店主のことを覚えていれば、の話ですが(笑)

2008年7月14日(月)
何も恐れず

(カレーパーティ参加しました。
翌日、チンしても
おいしかったです。
友人M子、ありがとう!)
失くした自転車が見つかった、という
話を日記に書こうと思っていた矢先、
懐かしい人から電話がかかってきたので
そのことを書くことにします。

昨日も、3年ぶりの友人と国際電話で話をしたばかりで、
最近やたら懐かしい人から電話があったり、
再会したりするので、「アタシもうすぐ死ぬんちゃうか!?」
と不安になります(笑)。いやな傾向だ。。。

今日の電話も国際電話でした。
タイ人の友人です。

「長らく会ってないけど元気?」
「うん。もう子供できた?」
「できてるわけないやん」
「いや、そろそろニワトリになってヒヨコがいる頃かな
とか思ってて・・・」などなど、アホな冗談を言い合い・・・。
(店主のタイのニックネーム「ちあっぷ」はヒヨコの意)

話が仕事のことに及び、店主が、
「先日、仕事中に麻薬の密輸に関わってないか
疑われて大変だったよ。正直凹んだ」と話すと
「ばっかだなー。何を凹むことがあるんや。
密輸してへんのやろ?」と笑うので
「もちろんだよー」と答えると、
「これは君が僕に教えてくれたことやんか、
『コン・ラオ・ペン・コンディー、マイ・クルア・アライ』やん」
と言われました。

『我々は誠実な人間ならば何も恐れることはない』
という意味です。

彼という人は元々難しい性格の友人で、
卑屈になったり、争いごとを起こしたりして、
店主がタイにいた当時も、よく店主や他の人たちと
もめごとを起こしていました。

一度、「ばかーっ!」と言って
彼をグーで殴ったことがあります。
(注:彼が元ムエタイ選手だと知っていたので
グーにしました。他の人なら必ずパーにします。
いずれにしても恐ろしすぃ?)

自分という人間の属性は悪だと言い切る彼に、
店主は、先ほどの言葉を使い、
「とにかく誠実で善良な人間でいれば、何も恐れなくなる。
人を傷つけたり嘘をついたり悪いことをすれば、
その場はやり過ごせても、必ずその後は何かに
怯えて苦しみ、自己嫌悪に陥るから、
例え理不尽な目に合わされていても
相手を憎まず、自分は常に善良でなければならない」
などなどと偉そうに説教した挙句、グーのパンチが出ました。
(人を殴る店主、かなり矛盾してます)

逃亡中の殺人犯が、時効を迎えるまで罪の意識にさいなまれ、
時効を迎えたところでやはりその罪悪感の呪縛からは
開放されないのと同じで、人は他人に対して悪いことをすると
その後は自分の苦しみが始まるものです。

人を傷つけ、嘘をついても、
「あ〜スッキリした」「してやったりだ」と
思う人間こそが属性が悪なわけですが、
そこまで悪に徹している人間は
恐らく世の中に数えるほどしかいないと思います。

自分自身が、常に相手を思いやり、相手を傷つけず、
自己犠牲の気持ちを持って、誠実に相手の幸せを
願っていれば、例え逆にどんなひどい目に合わされても
堂々としていられるわけです。何も怖くない。

店主が「麻薬に関わってないか?」と言われて
自分の良心に誓い関わっていないから、
「関わってませんよ。どうぞ気が済むまでお調べください」と
広い心で受け答えができるのも、そういうことです。

数日前にも日記に書きましたが、昔、店主は
相当にワルだった時期がありました。
人を騙したり、無視したり、泣かせたり、
そんなことをしていた自分を思い出すと
やはり罪悪感という恐怖心が湧き上がってきます。

そんな経験から、彼に説教をした次第です。

「コン・ラオ・ペン・コンディー、マイ・クルア・アライ」とは
彼は良い言葉を思い出させてくれました。

ただし、誠実であれば、常に幸せになれるとは限りません。
善良な人間でも、他人に辛い目に遭わされることはあります。
「私は何も悪いことをしていないはずなのに・・・・・・」と
泣きたくなった時には、自分の心の中には
誠実さという味方がいることを思い出し、
「マイ・クルア・アライ(何も恐れず)」です。

2008年7月11日(金)
店主が考えること

(この自転車は?
次回の日記で紹介します)
本日、WEB日記は非常に長いです。
小論文のようです。

きっかけは、数日前に知人から聞いた話です。

かつて医療を学んでいたことがある店主の僅少な知識と
医師を職業にもつ親族達に囲まれた環境から得た一考察です。

専門的知識をお持ちの方で、書かれている内容に対する
意見や異議などある方おられましたら、
ご指摘いただければ幸いです。

知人の話の内容は、その知人の友人が
「小学生の子供が『知的発達に問題がある』と
医師に診断され、絶望している」というものでした。

そのお子さん自身をよく知っていますが、彼に対し
顕著に知的な障害を感じたことはありません。
いわゆる普通の元気な小学生です。

診断内容は「アスペルガー症候群」とのことです。

アスペルガー症候群は「知的障害のない自閉症」と言われ
軽度の自閉症と考えられ、注意欠陥・多動症・学習障害などの
特徴が挙げられており、近年、頓に罹患率の高さを
指摘されています。

店主は正直、この母親を絶望させたこの病名の
存在について、たまに強い疑問を感じることがあります。
個性的なお子さんを持つ母親達に、
「子供が病気である」という無意味な不安感を与え、
大衆に偏見を抱かせ、迷信が一人歩きし始めている部分は
ないでしょうか。

非難を受けるかもしれないことを覚悟で書きます。
現代のハンセン氏病(らい病)と錯覚することがあります。
往々にして、根拠のない情報、確信のない知識が、
妙な差別や思い込みを生んでいるように思えてなりません。

大衆は単純です。純粋です。無知です。
納豆が身体に良いと聞けば、売り場から姿を消すほど
大衆とは理論的、洞察的に物事を考えるのが苦手です。

いわゆる重度の自閉症(カナータイプ)は1960年代頃から
指摘され、ある程度脳科学の分野での研究も進んでいます。
対して、アスペルガー症候群は1990年に入ってから
知られるようになったばかりのもので、
病気の全容というものは、たった20年以内の間に
確立できるものではなく、またこれを研究する者は
当然十分慎重にならなければなりません。

この絶望している母親の心配の一つに、
遺伝的問題がありました。
「自分からの遺伝ではないか」
「他にも発現する家族がいるのではないか」
などという問題です。
医師がその心配を指摘したからです。

アスペルガー症候群が家族性疾患かどうかは
まだ解明されていません。
ただ、「90%以上が父親からの遺伝である」とか
「羊水検査で99%判断できる」という情報があるのも事実です。
それに強く賛同する医師はその内容をそのまま
説明するでしょうし、また、医師によっては
自分なりに反論、反証を挙げて、情報の不確定さを
説明する場合もあるでしょう。

内科医だった祖父が、晩年、実家のある山奥の寒村で
開業した時、診察を受ける農民、村民が、
無知で迷信を信じやすいばかりに、病気の治療が
なかなか進まないと嘆いていたことがあるそうです。
一方で、対照的に、祖父を病気を治す神様のように
慕う患者もいたのも事実です。

純粋な大衆は、こと病気に関しては、不安のあまり
信じ込んだり、頭ごなしに否定したりして迷妄するものです。

それほど、病気というものは大半が曖昧で
未知の部分が多いものです。

前出のハンセン氏病に関しては、明確に
「伝染性疾患ではない」と誤解が解け
「らい予防法」が廃止されたのは、
ほんの10年ほど前であるのが驚きです。
偏見、迷信は、現代人をも簡単に支配し続けるものです。

病気に対し、その情報によって不安感に陥れられない
ようにするにはどうすればいいか。
現代社会に、天動説を信じるものが
一人もいなくなったように、ある定義は簡単に消えて
なくなるもので、我々は、世の中の全ての定義が
そういう運命をたどる可能性があると、
常に心に留め置く理性が必要です。

身近に、いまだ治療法の確立しない難病に
冒されている人がいますが、
「何年生きられるか」「どんな症状を呈するようになるか」
「遺伝性気質がある病気か」などという様々な憶測に
惑わされない理性があるために、
少しも悲壮感を漂わせていません。
治しようがないのですから、本人もその家族も
仲良く病気と共存する以外に方法がありません。

これまで書いたことは、店主がアスペルガー症候群という
疾患を根底から、偏見だ、迷信だと、否定しているものでは
ありません。そういう疾患があるのは事実です。
重症と診断を受けた人と接触したこともあります。

ただ、願わくは精神医学の分野では、
不用意に病気の定義づけをするべきではない
というのが、店主の意見です。
最も診断が難しく、遺伝性の有無や発症原因などについて
大衆に対して最も誤解を生みやすい分野だからです。

ウイルスの発見や、組織の変化など、
顕著な原因を追求することができません。
精神医学上の診断・・・特に未知の現代病に関しては
「そういう考え方もある」と納得し、その症状は
本人の個性と理解して、周囲は広い心で付き合い、
悪いことは根気良く諭していけばいいだけのことです。
アスペルガー症候群と診断を受けた子供に対して
母親は悲観したり絶望したりする必要は全くありません。

また、何事も精神的疾患と捉えてしまうと
しつけや矯正の妨げになるとも考えています。
「殺人をしてみたかった」と言う未成年殺人者を
アスペルガー症候群と診断する前に、
どのぐらい真剣に、周囲の大人が彼に道理道徳の
教育をしたかということに、まず目を向けるべきと思います。

現状の定義でアスペルガー症候群の症状に当てはまる
人間の半分以上は、病人である、もしくは障害がある、
とは言えないのではないかと思っています。

「会話が苦手な人」「人の目を見るのが恥ずかしい人」
「一つのことに熱中してご飯を食べ忘れる人」
「天然ボケの人」「勉強が苦手で仕方がない人」
「けれど日本全国の駅名だけは暗記できる人」
・・・世の中の大半をそんな人が占めているはずです。

日本は、個性的な人間が特に住みにくい国です。
店主はタイに住んでいた時、他国人種に対して
「この人、頭がおかしいのかも」などと思わざる
得ないようなことは、毎日経験していました。
日本人が「空気を読む能力」は、
異常なぐらいズバ抜けています。
それが、近年、日本にアスペルガー症候群罹患者を
増やしている原因です。
「空気が読めない人」を全く容赦しない社会です。

アスペルガー症候群という疾患は、1944年に
アスペルガー博士が提唱した時に初めて登場したものです。
(ちなみに、以降50年近く、誰も賛同しなかった学説です)
近年になるまで、アスペルガー症候群の人が
いなかったわけではありません。
ただ、「こういう人にこの病名をつけよう」と考えて
始まった疾患です。
それが、精神医学が他の医学と特徴を異にするところです。

「アスペルガー症候群」という病名が登場したおかげで
人は寸分の狂いもない几帳面さと気配りを求められるようになり
それがまた、自殺やうつ病といった別の暗黒面を
引き起こしていると思えてなりません。

店主自身、最近、ある病気の有無を指摘され
神戸の専門病院にかかることになりました。
命に関わるような大した病気ではありませんが
もし、実際に罹患しているとしたら、少し厄介な病気です。
未知数が高い病気だからです。

発症原因に精神的要因が深く関わっているという
説が有力なため、原因を探るために生い立ちを
詳細に書き留め、精神科医との面接、
遺伝性の有無を調べるための親族からの情報収集・・・
そんなことまでやらなければならないと、
すでにその病院にかかった人に教えられました。

しかし、病気とは大半がそんなものです。
こうやって地道に患者から集めた情報を積み上げ
何十年もかかって定義づけする作業をしなければなりません。

その作業の途中で、これは病気と呼べるものではないとされ
消えていった病気もたくさんあります。

店主は、今の精神医学が、あらゆる言動、性格、考え方を
カテゴリーに分けて定義づけ、次々に病名を考案する
心の狭さに辟易しています。

無意味に人々を追い詰めている部分は否めません。
情報が錯綜する現代の中で
我々大衆は利口にならなければなりません。

2008年7月10日(木)
ホッピーとハト

(これがホッピーね。
ジョッキに、氷と焼酎が入っていて
そこに自分で麦芽炭酸を注ぐ。
アルコールの効いた、色の薄い
ギネスとでも言うか・・・!?)
せっかく返答日記を書いたのに、
文章構成にダメ出しされて、昨日の日記を校正した店主です。

以下は、本来昨日書こうとしていた日記。

オヤジ系飲み屋街が似合うオンナ・店主は、
一昨日の火曜日、東京で知人との待ち合わせは
新橋になりました。

わぁ、まだ明るいのに飲んでるサラリーマンがいる。。。
仕事、どうしたんやろう。。。?

などなどと思いつつ、連れられ入った一軒の飲み屋。
「ホッピーあります」の貼紙。

ホッピー?
白ホッピー¥400?黒ホッピー¥400?

「これ、何ですか?」と訊いたら
「あ!関西の人は知らないんだ、ホッピー」

これをお読みの関西人の方で、ホッピーご存知の方、
どのぐらいいるんでしょう?
店主は知りませんでした!初めて聞きました。

ホッピーは、焼酎を麦芽炭酸飲料(要はアルコールの
入ってないビール)で割って飲む飲み物だそうです。
お金のない酒飲みの強い味方みたいなもんだそうです。

おぉ、店主にピッタリじゃないか!しかもおいしい。
白ホッピーと黒ホッピー、両方試してみました。
これ、関西でも飲める所、知っている人がいたら
ぜひ店主に教えてください。

新橋といえば、虎ノ門がご近所です。
知人と会う前に少し時間があったので、
虎ノ門勤務の懐かしいA先輩を呼び出しました。

A先輩は、物知りだし、話題豊富だし、
神戸で一緒に働いていた頃(7〜8年前)、
めちゃ面白い話でいつも周囲を笑わせてくれました。

ある日の昼食時、社員食堂で、外国暮らしの経験のある
A先輩が、ハト料理の話をしてくれました。

「ハト料理って意外とおいしくて、向こうではさぁ・・・」
とかなんとか話していたら、強面のR課長代理が
「おい、A。お前な、ハトは食うもんと違うんや」と
ドスの効いた声で話題に水を差しました。

その時初めて知ったのですが、R課長代理って
伝書鳩のレースが趣味で、子供の時は100羽のハトと共に
ハト小屋に寝泊りしていたそうです(爆笑)

もう、このR課長代理を怒らせた話を思い出して、
数年ぶりに会ったA先輩と、ゲラゲラ笑ってしまいました。

懐かしかったです!

2008年7月9日(水)
親友のブログを読んで

(ホッピーの他にも
「名古屋赤味噌ラガー」
なんてシロモノも!
赤だしの味のビールだぁ。
恐るべし新橋)
今日は本当は、昨夜、東京新橋の高架下で飲んだ
ホッピーのネタを用意していたのに
(オヤジ系飲み屋街ならばどこにでも参上する店主)
親友が、店主に読ませたいというブログを書いてくれたので
返答日記に内容を変更しマス。

ここから彼のブログに飛ぶようにしていいか許可を
得ていないので、話の内容がうまく読者の皆さまに
伝わらないかもしれません。

内輪だけの盛り上がり的日記になっていましたら
申し訳ありません、と先に謝っておきます。

彼の書いたブログは恋愛の悩みについてです。彼曰く、
「うまくいっていない恋愛には温度差がありすぎます。
温度差がない状態が一時でもあった恋愛の場合は
なおさらです」と。

うん、なかなかいい。
上手いこと言うじゃないか。(←超・上から目線)

「恋愛がうまくいかなくなってくると、
相手の言葉や行動、過去の思い出や現実など、
考えがぐるぐる回ってきますが、はっきり言って
これは無駄です。ほとんど意味がありません。
気力体力を消耗するだけです。
女性の場合、特に肌に悪そうです。
エロ詩吟でも考えた方がまだましです」

エロ詩吟って何?

それはともかく、彼が言いたいのは
気持ちに温度差があると、いくらそれを自力で
縮めようとしても無理だということですよね。

これを読むと、彼って本当に心が優しい人なんだなぁと
思います。切ない片想いや、真剣な恋愛を通じて、
自分が辛い気持ちに耐えてきた経験上、
「温度差」について一考察があるわけで。

「(失恋をしても)あなたはいつの日か絶対に恋愛をします。
恋愛のよさを知っているからそんなに悩むのです。
相手は誰かわかりませんが、その時の恋愛が成就
するためにも、一時も早く準備を始めるべきです」

そらそうだ。これは賛成。

前に店主も、「失恋の辛さは立ち直れる」と書いたことが
ありますが、相手に急に死なれたとかでもない限り、
別れた相手に対してウジウジ、くよくよ悩むなんて
精神的にも肉体的にも、絶対続けるべきじゃない。
(死んだ相手に対しても、なるべく早く立ち直る努力は
した方がいいです。)

世の中の99%以上の人が、何とかして辛い失恋から
立ち直れているんじゃないかなぁ。
(残りの1%未満は、自殺や生涯独身、なんて道を選ぶわけで)

逆に、立ち直れているぐらいだから、後から思い返せば
実はそんなに好きじゃなかった、という考え方もできますし。

「温度差」の話に戻すと、「恋愛の温度差」は
気持ちの温度の違いだけとは限らないんじゃないかとも
思います。

例えば、
お互いの家庭環境を知る内に生まれ育ちに格差を感じて
釣り合わないと感じる人もいれば、
相手の非常識な行動を目の当たりにして
モラルの点で精神的に差があると感じる人がいたり、
もっとわかりやすく言えば、
「え?こんなこと言う人やったんや」とか
「もっと賢いと思ったのに、意外とアホや」とか
「なんで?」「どして?」「理解不能」なんて
ケンカや事件を、交際中に経験していく内に、
いろいろな「差」が生じてくるわけです。

まぁそれが、事実無根や勘違いなんてバカバカしい
原因の場合もあるのかもしれませんが、とにかく
結局それで、別れてしまう人もいれば
お互いに努力して軌道修正する人もいるし。

「温度差」が生じた時点で、それはいわばチャンスです。
「この人と本当にうまくやっていけるか!?」
「この子が俺の運命の赤い糸の子か!?」
「この差を縮めるために2人一致団結できるか!?」
「この熱い気持ちで彼女の冷めた心を動かせるか!?」
などなど、のるか!そるか!みたいなもんです。

「のれば」縁があるんでしょうし、「それば」縁がないんでしょう。

「私が失恋で悩んでいたときに、
ある人に言われた言葉あります。『縁がなかってん』。
幸せの絶頂にいる人に言われ、正直むかつきましたが
なぜかすっきりしました」

ぎゃはは!ごめん、これ、店主が言いました。。。

でも店主も、これまで彼氏に「俺ら縁がないと思うねん」と
言われてフラれた経験、3回もしてます。
君の「むかつき、アフター、すっきり」感は、よく分かるなぁ。
(まるで人ごとのように・・・)

「恋愛がうまくいかなくて、凹んでいるときには、暗くなって
何もやる気がなくなってしまう人がほとんどだと思います。
しかし、どんなに辛いことがあっても明るくふるまい
我慢強く何かに打ち込んでいる人もいます。
あなたはどちらの人に好意をもちますか?」


うん、うん。
ホント良いこと言いますよ、我が親友。

こういう前向きな気持ちを持っている人は、
必ず良縁に恵まれると思います。
「愛し合っている=良縁」とは限りません。

常に前向きで善良な人は、
腐れ縁や悪縁に囚われそうになっても
見えない何かが、ある日突然奇跡を起こし、
あっという間に縁を遠ざける、なんて経験も
するかもしれません。

そんな経験してる人、店主、知ってます!

2008年7月7日(月)
ケータイ

(NOKIAケータイ&充電器。
米倉涼子ちゃんと共に。
このケータイ、13年前
大学生の時に、初めて持った
ケータイと同じなんですよね)
今日は特に日記に書くネタもないなーと思っていたのに・・・。

うちのオカン、おもろすぎる。。。

いつ頃からかケータイが見当たらず、
はて?店かな?別のカバンかな?と探っていましたが、
「あぁそうだ。実家の私の部屋だ」と思い出し、
店から自宅に電話。

母が、「今、私しかおらへんねん」と言うものの
どうしてもケータイが必要な店主。
「ママもな、たまには外に出なあかん。
外の空気吸って運動や。リハビリや」とハッパをかけて
身体の弱い母にケータイの配達を依頼した店主。
(極悪ムスメです)

待つこと数十分。
「持って来たで。充電器も持ってきたし」と
炎天下を歩いて汗だくの母。

「おーおーおー、ありがとう!
えらい気が利いて。そらそら助かります」と
お礼を言ったものの・・・。

おいっっっ!
これ、5年前にタイで使ってたケータイやんか!
(NOKIA製)

「こんなん、どっから見つけ出してきたんやっ。
こんなトランシーバーみたいなんでメールするとか、
明らかにおかしいやんかっ!」
「そんならアンタ、『タイのケータイと間違えたらあかんで』って
一言言うといてもわんと・・・」と、しばし
言い合ったものの、だんだん笑えてきて・・・

あぁ、おかしい。おかしすぎる。

こんな重たいトランシーバーみたいなケータイを、
しかも充電器までつけて運ぶなんて・・・
笑いが止まらなくなり。。。

「ほんじゃ、自転車でひとっ走り行って私が取ってくるから、
ママ、店番しといてな」と言い残し、
10分ほどで、大急ぎで往復しました。

今日は異常に暑い日です。
10分自転車をこいだだけで汗だくになりました。

こんな中を母はよく歩いてきてくれたものです。
ありがたかったですねぇ。

2008年7月6日(日)
どうしても謝りたい人

(これ、造花なんですよね。
新商品で、お店に飾ってます。
ホントよくできててキレイ)
店主は若い頃の一時期、グレてました。

その頃の店主しか知らない人が
今の店主を見たらビックリすると思います。

あんまりまともなんで。

他人のために何かしてあげようとか
自分が犠牲になろうなんて、さらさら考えたこともなくて
暴言を吐いちゃぁ勝手気ままに暴れてました。

相当、病んでましたねぇ、あの頃・・・(今、遠い目をしている)。

最近になって、どうしても気になる人がいます。
10年以上前に、大喧嘩をしたPさんです。

連日、派手な喧嘩でやり合った挙句、
「アンタ、ムカつく!私、死んでやるからなっ!」と言われ
売り言葉に買い言葉で「死んだらええやんか〜!」と
言ったら、本当に自殺未遂を起こしました。

ハタチそこそこの年齢だったとは言え、あの頃、
何であんなに喧嘩をしたかな、何であんなバカなことを
言ったかな、と、今では後悔しています。

不良少年が更生して、心を入れ替えて
とても献身的な人になるとかいう話しはよく聞きますが
店主は正にその心境で、かつてグレていた時代に
迷惑をかけた人たちのためにも、これからは他人に
奉仕しなければならないなぁと思うようになったのは
やっと30歳になろうかという頃でした。

ここ最近、10年以上会っていないPさんを探し出して、
思い切って謝りに行こうとも考えるようになりましたが
フルネームを知らないし、共通の知り合いにも
連絡が取れないので、どうしても見つかりません。

彼女も私の名前を知らないはずですので、
このホームページを見ていることはあり得ません。

でも、今さら本人に謝ったところでどうでしょうか。

10年以上経っているのに、店主がひょっこり
現れても不愉快かもしれませんし、
せっかく忘れてたのにと思うかもしれません。

結局、どうしても謝りたいという気持ちは、
謝って許してもらうことに対する期待だけで、
店主が自分の負い目を少しでも軽くしたいという
自己満足みたいなもんです。

Pさんのために、今店主ができることと言えば、
誰に対してもいつも献身奉仕の気持ちを忘れないことと、
例え誰かにひどい目に遭わされても、
相手を許し、憎まないということです。

店主がPさんにしたことをいつも忘れないでいられれば
店主はこれからの人生、がんばって良い人に
なれそうな気がします。

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